日々是精進日記
 
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2008年2月26日を表示

新幹線は飛行場と同じだという説

http://www.bnn-s.com/news/06/06/220011027965.html

「私は日本全国の新幹線駅で乗り降りし、地域の現状を見てきた“オタク”。どんな偉い先生の言うことより正しい」と豪語する日本政策投資銀行地域企画部参事役の藻谷浩介氏は、独自にまとめた豊富なデータをもとに、新幹線と地域の発展の関連性について論じた。

 同氏が全国の都市を比較してまとめたデータによると、都市の人口の増減率は、その都市圏に新幹線駅があるかどうかと何の関係もない。

むしろ、新幹線の終着駅である青森県の八戸市は、全国の人口30万人以上の都市で最も人口流出率が激しい。
これを踏まえて藻谷氏は「新幹線は人口を流出させる効果が非常に大きい」と発言。
「終着駅効果があるとか、新幹線で街が栄えるという主張には何の根拠もない」と市民の新幹線に対する幻想を打ち砕いた。

 次いで藻谷氏は、長野県内で新幹線が通った場所の観光客が減り、通らない場所に観光客が増えたケースなどを挙げ、「新幹線が通ると観光客が減るのが全国的な傾向」と説明した。その理由を同氏は「新幹線が通ると風情が壊れ、すぐに帰ろうという気持ちになるから」と分析。
(中略)
 「新幹線駅は空港と同じ。駅前に必要なのは空港にあるもの」というのが、全国の新幹線駅を巡った“オタク”の結論。その意味では、新幹線駅前に最も必要なのは広い駐車場なのだという。」


これはまったくその通りじゃないかと思うな。

県内にもいくつか新幹線の駅がありますが、在来線と接続している駅はともかく、そうでない駅前なんてまさにその最たるものだと思うもの。
確かにこの人の言うことは正しいと思う。
新大阪の駅がたとえに出てくるんですが、確かにあの駅の周りには何もない。でもそれで十分。
そこからどこかに行く人は日常の買い物なんかしないもんね。
その動きと、そのことによってそこに住む人の動きは全然別のものだもの。

隣県の軽井沢はまだ在来線と接続しているからいくぶんかはマシになっているけれど、本当の旅情は新幹線より遠くに離れてこそ生まれるものだとは思う。

確かに昔東京に住んでいたころ、新幹線で戻ってくると
なんだか住んでいるアパートと繋がっている気がして、
あんまり距離を感じなかった。

大阪に行ったときも、新大阪の駅につくと、もう東京に戻った気がしていたもんなー。

駅前に必要なのは大きな駐車場なのはまったくその通りだと思うわ(笑)今、地元の駅はそんなカンジになってるもん。
利用者が多ければ多いほど、駅には大きな駐車場が必要だと思うし、大きな駐車場があれば動きは生まれる可能性はある。けれど、駐車場がない駅には動きを呼び込もうという意思すら生まれないんじゃないのかなぁ、という気がする。

新幹線は駅と駅を繋ぐ間がないという点を含めても(二階建て車両が増えたことによって、一層車窓を楽しむという意識がなくなってきたと思う)、利用者の行動様式は飛行機に酷似しているんじゃないだろうか。
そうなってくると駅から移動する「どこか」がない駅は衰退する、ってことになるんだろうな。



2月26日(火) | コメント(0) | 生活話 | 管理


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